都内地下鉄勤務~松戸

Case Study 『日々雑感~タイガース&林威助応援ブログ~』 さんの場合

地震時最寄駅: 地下鉄
帰宅・待機最寄駅:松戸
帰宅までの時間:4時間
距離:

『日々雑感~タイガース&林威助応援ブログ~』 巨大地震と新しい命。

都内地下鉄にお勤めの方の体験記です。

徹夜で復旧、運行にあたられていましたが、翌日、奥さんに子供が生まれそうだということで、職場の皆さんに済まないという気持ちを抱えながら、普通は一時間で帰れるところを四時間かかって自宅に戻られたとのこと。

「奥さん支えられるのはお前しかいないんだから今すぐ行ってやりなさい」と言ってくれました。私は、上司に何度も謝って感謝の気持ちを伝えて、泣きながら着替えました。この状況で現場を離れなくてはならない悔しさと情けなさと感謝の気持ちで大号泣してしまいました。

地下鉄は、当時体験してらっしゃる方も多いと思いますが、夕方から夜にかけて復旧し、終夜運転をつづけくれていました。
交代勤務もできず、徹夜で作業をしてらっしゃったのですから本当に大変だったと思います。

帰宅難民という趣旨からは少しはずれますが、交通機関の側での体験談であること、新しい命に敬意を表してピックアップさせていただきました。

「ポンっ!と」生まれたようでなによりでした。

後ろ髪を引かれる思いで職場を後にして、いざ電車に乗ったのですが、都内の鉄道の状況は我々のように携わっている者の想像を遥かに超えるものでした。入ってくる情報と現場とでは状況が全く違いました。前日から帰宅できない、いわゆる「帰宅難民」で、どの駅の周りも人でごった返し、遠回りして何とか辿り着いた上野駅は物凄い事になっていました。
これはとても電車なんか乗れないと思い、タクシーやバスを頼りに外に出て見たが、外も人であふれており、タクシー乗り場、バス乗り場も想像を絶する状態で無理。上野周辺のファミレスやファーストフード店もほぼ閉店状態でした。
少しでも空いているであろう路線を考えながら歩きまわり、何とかかんとか病院に辿り着いたのは4時間後でした。普段だったら1時間もかからない道のりです。

病院に着いたら、妻はベットでお昼ご飯を食べていました(笑)ちょっと拍子抜けしましたが、顔は険しく、次第に笑顔も消え、数分おきに本格的な陣痛が始まりました。
まだ出産には数時間かかると看護婦さんに言われたので、一度デジカメをとりに自宅に戻ろうとしましたが、妻がみるみる苦しそうになってきたので、ずっと手を握っていました。
すると、1時間も経たない内に妻が「呼んで」と言ってきたので、看護婦さんを呼んだら、「あ、もう出るね。分娩室行かないでここでいきます」と言った瞬間に、ポンっ!と出てきました。赤ちゃん!!
2011年3月12日14時00分の出来事でした。
あっという間の出来事で妻も私も一瞬拍子抜けしましたが、出産の瞬間に立ち会う事が出来ました。
可愛い可愛い、女の子の赤ちゃんでした。

東京から松戸への徒歩ルート

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